僕の周囲にいるのは、善良だが鈍感な人間、馬鹿のくせに下らぬことにうぬぼれている人間、野卑低劣を以て男児の本分と信じている人間、
当り障りがなくてナマズのように誰ともなめらかにくっつくが、内は空洞な人間、下司な、一向反省力のない人間、そんなやつばかりだ。
それではお前はどれだけエライ人間か、と笑う人があるだろう。そうだ、僕も彼らと大差はない。しかしこういう怒りと欲望を持つのは人間として当然ではないか。
- 山田風太郎『戦中派不戦日記』
東京多摩には大東亞戰爭の戦跡が多い。さういへば子供の頃は防空壕でよく遊んだものだ。今日は東大和市に保存されてゐる日立航空機株式会社立川工場変電所を観に行く。
家から北大通で国立まで出る。国立から戰時中の軍事用貨物引込線の跡が遊歩道となつて立川まで続いてゐて自転車も通れる。遊歩道は立川で芋窪街道に突き当たると終わり。
モノレールに沿つて玉川上水駅を越えると都営団地が見える。都営と云つても見た目はマンシヨンのやうだ。団地の奥に東大和南公園がある。この辺一帶は軍需工場跡で戰後は米軍に接収されてゐた。
日立航空機株式会社立川工場変電所の外壁には米軍の三度による攻撃で無数の弾痕が残る。よくこの建物だけ残つたものだ。しかもこのままで平成五年まで使われてゐたといふのが凄い。
かういう戰跡や戰没者の慰霊碑などを目の當たりにすると「戰爭は二度と起してはいけない。いつみても言葉を失ふ」などと言ふ人が多いが、私はさういふ人に対して言葉を失うのである。
それでは戰死した軍人は、空襲で焼かれた人々は、全て犬死か。「次の戰爭には絶対に負けられない!」と魂を震わせるのが眞の大和魂ではないのか。戰後未だ六十五年しか経つてゐないのです。
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